不登校娘(ASD)との日常

日常をたらたら書く

私お母さんになったんだな、と今更思った話。

こんなはずじゃなかったと自分の人生を嘆いた所で今更仕方ないし、その都度自分が選択して来た道のりを否定したくないから余り過去を振り返らないようにしてる。

確かにあの時違う選択をしてたら、と思う事はある。あるけどまあ、どのみち同じような人生歩んでたと思うんだよね。違う道のりで到着する場所っていうの?場所は同じなんだよね。きっとね。

そんな私の人生観の話ではなくて。

こないだ事故った時。

死ぬのかな、と漠然と思った時。

良く走馬灯のように色んな事が駆け巡ってまだやり残した事があるとか、あの時あーしとけば良かったとか、後悔の念?みたいな話聞くし、助かった暁には一度きりの人生やりたい事やるぞ!と人生観変わるみたいなやつ聞くじゃん。

私ね、全くなくて。自分の人生に後悔する事ないんだなって。

ただ、あの時一つだけ思った。今ここで死んだら、娘置いて先に死んだら死んでも死に切れねえな!て横転する車の中で思ったんだ。

いやなんか私お母さんなんだなぁって。娘の事しか考えなかった私お母さんになったんだなぁって。

今更だし当たり前の感覚なのかも知れないけどね、私に取っては凄く不思議な感覚と言うか、衝撃だったのよ。ホントに今更なんだけど。

 

未だに私はお母さんになり切れてなくて、お母さんと言う肩書きで生きる人生を認めたくなくて、娘のお母さんではあるけど誰かのお母さんとして生きるのは何か違う。私にも個がある。お母さんだけど私は私。私は私の人生を、と娘と切り離して考えてた。

けど違うんだな。切り離す事ないんだな。

私の人生には娘がいて、娘がいるのが私の人生。

なんか良く分からんけども。

 

娘が生まれなかったら多分私は遠の昔に死んでた気がする。生に対してそれ程執着してなかったしいつ死んでも良いなぁ、なんて思いながら生きてた。長生きしたくねえなって。

それが今は娘の為に死ぬわけには行かねえ!と思いながら生きてんだからお母さんになったんだな、自分。すごいな自分。いや凄い事なんだよ、私にとってはさ。

 

今年のうちに記録として残しておきたかったんだ。お母さんになり切れてなかった私が、やっとお母さんになれた気がした年だったから。