不登校娘(ASD)との日常

日常をたらたら書く

不登校になる前のはなし。

せっかくだから不登校になる前の娘の話を。

娘は乳幼児健診や就学前健診で特に指摘される事もなく小学4年生、2学期位までは通学してました。

親の私が言うと本当にバカ親っぽいけど、友達もたくさんいたしそれなりに勉強も出来た。選抜リレーに選ばれるほど走るのが得意な女の子。

当時は学習塾と英語教室に通っていたので下校すると毎日習い事の直前まで友達と遊んだりして忙しい毎日を過ごしてた記憶がある。

あと週末はJAXA関連の趣味系の習い事も行ってたな。実験したりなんか作ったり。良く言えばそつなくこなすタイプです。

かと言って真面目過ぎるわけでもなく、みんなとバカ騒ぎして先生達に叱られたり。正義感が強い事もあってかストレートに物申す娘は同級生から一目置かれる存在でもありました。当時はね。当時の話ですよ。

 

ただ、幼少期から初めての事や予想外、予定外の事が起きると過剰に心配したり不安になったり。心配や不安が強くなると母子分離が出来ず私から離れられない事が多かった。

あと感覚過敏。

着る服は着心地重視。服に縫い付けられたタグは必ず外すとか、靴下のワンポイント刺繍などは論外。あれ裏地が肌にチクチク当たるんですよね。未だに無地の織り目が均一なものしか履けません。

聴覚、味覚過敏。拘りも強く頑として譲らない場面もあったし気持ちの切り替えにも時間がかかった。あと過集中。まだまだあるけど書き足りないな。

 

今こうやって書き出すと発達特性に当てはまり過ぎるんだけど、当時は余り知識もなかったし、何度も発達なのでは?なにって言われると困るけどなにか違和感があった。

他の子より拘りも強いし興味対象も異なる。難しい言葉を使い大人と対等に話そうとする。そもそも同級生より大人びている…面白い子だなぁと思う事が多々ありました。

そんな娘の新たな変化に気付いたのは小3、3学期の終わり頃です。

きっかけはママ友から「娘ちゃん、学校の休み時間に一人で本読んでるらしいよ。みんなが遊びに誘っても断ってるって。なんかあった?」と聞かされた時でした。

本好きな娘が学校へ持参しているのは前々から知っていました。けどここで疑問がわく。

こないだまでみんなと外で遊んでいたはず。そう言えば最近下校したあと友達と遊んでる気配がないな…

帰宅と同時にランドセル放り投げて遊びに行ってたあの子が一人で本を読んでるとは…?もしかしてイジメか?!!!考えれば考えるほどイジメかよ!にたどり着く。

その日下校した娘にさり気なく聞いてみました。最近どお?何かお変わりはないですか……。

別にーと素っ気なく返事する娘に(あー面倒くせぇ!)と思いながら最近なに?学校で一人で本読んでるんだって?どうした?なんかあった?とストレートに聞いてみた。

 

『いやぁ別に?女子面倒なんだよね』

 

 出た、女子面倒臭い発言。本心なのか、敢えてそう言う表現しているのか見極めが難しいやつ。一人で本読んでで楽しいの?と聞いてみたたところ本人がそれほど気にしてない様子だったのと、たまに友達とも遊んでるようだったので様子見ながら小学3年生は終わって行きました。

 

春休みは友達と遊ぶ事なく、家で好きな本を読み漁り経済学の本とか読むようになってた。

良いんだか悪いんだか、興味がどんどん同級生たちと離れていく。

六法全書とか広辞苑を欲しがり、当時の愛読書は国語辞典や漢和辞典、古典といったそれ読書なの?というモノばかり。

もうその頃は児童書ではなく大人が読む推理小説やノンフィク本読んでたな。

あの頃から更に娘の独特な世界観が広がり始めた気がする。

その後小学4年生になった娘に新たな問題が生じた。入退院を繰り返し学校を長期間欠席する事になったのだ。今思えばこれが不登校のきっかけだと思ってる。

娘が発達障害だと診断されたときの話。

Twitter見て思う事があり余計なお世話だろうなぁ…と思いながら今これを書いてる。

いや本当に大きなお世話だと思う。まじで。

ただ、私と同じような後悔はして欲しくないと言う勝手な老婆心です。

 

娘は今現在中学2年生の14歳です。最終的な診断を受けたのが小学5年生の秋。不登校になってからすでに10ヶ月余り経過してました。

診断結果もらった時に思ったこと。

やっぱりか。子供の頃から何度も何度も発達なのでは?と思ってたのに早く受診すれば良かった。母親の勘すげー、です。

乳幼児健診の時に特に問題はないでしょう、暫く様子を見ましょうで完結させてしまった事を当時酷く後悔しました。

もっと早くに専門機関を受診していれば不登校にもならなかったのかなぁ…とか色々考えた。

娘の不登校と発達の関係性は未だに分からないし、発達だから不登校になるとも限らないんだけど。

発達なのでは?と違和感持った時にちゃんと受診して療育通ってたらもう少し違う結果になってたのかなぁ〜とか色々思うわけですよ、母は。

…なんの話でしたっけ。

そうそう、簡単に言うと専門機関を受診するかしないか悩んでる方は一度受診してみても良いんじゃないかなって話です。

問題なければそれで良いし、もし何か特性があれば対処法教えて貰えるし、何より子供が生きやすい道を教えてあげられる。

お前が偉そうに何言ってんだって話なんだけどそこはまぁ、、ごめんて。

たまに書くblog

最近note使ってる人多いね。
それがどうしたって話なんですけど。

 

本当はTwitterで娘の事も呟きたいんだけど結構ハードな内容だったりすると躊躇する。
という理由で始めたnote、完全に放置。ブログも放置。

 

今年はちゃんとしよう。そうしよう。
いつもちゃんとして!と言われる私が今年はちゃんとする、今年こそちゃんとする、色々と。

 

そんな事はどうでも良い。
娘の記録用なので娘の事を。

 

LEP始めました。
LEP、なにそれと思った?
私も思った。
LEDかと思ったよね。

 

ピルですね。

 

14歳でピルかよ?!と思った?
うん、正直私もそう思ったよ。

 

時代は変わり今はライフプランを目的としたピル(OC)と月経トラブルの治療の為のピル(LEP)があるらしい。

 

娘はもちろん後者なんだけど、生理痛も酷いし生理前の情緒不安定さが半端なくてね。
それが原因で週一登校も断念する日がある。

 

通院してる発達外来で漢方薬処方してもらってるけど効いてるのか効いてないのか。

 

そんな半信半疑の中私が見つけたサプリ。
これがビックリする程メンタルに効いた。

 

このままサプリだけ飲んでれば良いじゃん?と思ってたけど14で起き上がれない程の生理痛はどうなの、婦人系の病気が隠されてんじゃないの?と不安になった為婦人科を受診してみた。

 

生理痛酷くて学校行けない子もいるからね、酷いようなら治療しても良いと思うよ?
あ、学校行ってないから関係ないか、がはは、と笑う女医先生ちょっと面白かったけど本人に選択を委ねると真顔で治療します、とのこと。

 

子供にピルかー
と言う知識不足からの不安も残るがやって見る価値はありそうかな。
症状が緩和されればワンステップ進めそうな気もするし。

 

いつでもやめられるし始められるから、とナチュラルに話す先生見て(時代は変わったんだな)と改めて思った話でした。

 

娘の変化のはなし。

2年生になった娘の変化が激し過ぎて一体何がどうした状態の一学期も終了し、このまま二学期も上向きになると思いきやそう都合良くハッピーエンドになるわけもなく。

想定内だけどまぁね、、期待と希望が大きかった分気持ちも萎える訳で、これからどうしようと空を見上げるばかり。

学校としばらく距離を取る事にした。それは一先ず気持ちを落ち着かせる為、もう一度希望を持たせる為、色んな感情を一旦整理する為。

色んな理由があるけど、焦るとろくな事がないのはもう分かってる。長いスパンで考えよう、面倒くせー、が一番の理由。

そのうち本人も動き出すだろう。

それまで待つのが一番良いし何より私のストレスが減る。

たかだか週一登校。それさえ前日から明日行くだろうか、また不安定にならないだろうか、行くか行かないのかはっきりしない娘を目の前に私の苛立ちも隠し切れなくなる。

お互い嫌な空気に包まれ、お互いの探り合いが始まる。

こんな面倒な事はない。

お互いがストレス。

ストレスは一旦排除に限る。

 

短気でせっかちな私が娘の不登校を経験して唯一学んだ事、それは『待つ』という事。

モヤモヤして口出ししたくなる日もあるけど、娘の気持ちが穏やかに、笑う時間が少しでも多くなる日常が戻るまで待ってみよう。

 

 

ひとりごと。

朝風呂入りながら突然涙出てきた。

普段泣くことなんて滅多にない。泣くのは弱い自分を曝け出す事、みっともないと言う思考が昔から私の頭の中には居座っている。

良く1人の時に泣いてストレス発散!なんて言うけど、泣いてる自分が許せなくなって自己嫌悪に陥るから無理だな。

他人が泣くのは全然良いのよ。逆にどんどん泣けと思ってる。

けど自分の事となるとダメだ。

多分これは私自身の養育環境が関係してるんだけど、今更蒸し返した所で過去は変えられないし、私の思考も変えられないし、泣けば良いってもんじゃない、、

泣けば良いってもんじゃない、と書きながらハッとした。良く母に言われた言葉だった。同じセリフ吐くとは恐ろしい。

 

私の養育環境の話は置いといて…。

突然涙が出てきて思ったこと。

『ワシ、泣きたかったんだ』

そのまんまだけど、、

そう、涙が出た原因は多分金曜に久し振りに娘の緘動状態を見たから。不登校になり始めた頃の娘がフラッシュバックして当時の息苦しさや辛さが蘇ったから。

そして、娘がまたあの頃に後退するんじゃないかと言う不安がバカみたいに増大した。

あの頃には戻りたくない。あの地獄のような生活には戻りたくないんだよ、やっとここまで来たのに戻りたくねえ…。

 

あ、金曜から娘は至って元気。元気なんだけど、また同じ状況になった時娘がどうなるかは分からない。

この後娘がどうなるのかなんてその時々で変わるだろうし、起きてもいない先の不安や心配で心や思考が支配されるのは時間の無駄だって事も分かってる。

分かってるんだけどね、たまに押し寄せるこの感情を無かった事にすると自分自身が潰れるからここに記したまでです。

と言うどうでも良い独り言でした。 

部活見学。

部活が終わる10分前に教室に到着。3年振りに同年代のいる教室に近付くことが出来た。

廊下から中の様子を見ていた娘の表情が次第に曇り始める。先生に教室の中入る?と勧められるも緘動状態になり中止。そのまま廊下から部活の様子を見学する事にした。

けどまあ、教室の中から知った顔の子達が挨拶してくれて、それに対しては反応してたし帰り際バイバイと小さく手を振る事も出来たし、何より、あの賑やかな場所に行ってみよう!と思えた事自体が凄いじゃないの。新しい一歩を踏み出せた日だったのでは。めでたいめでたい。

 

と言うめでたい一連の流れで今後の課題と言うか、私が勝手に作った支援計画の見直すべき点が見えて来た。
人とコミュニケーションを取ろうとすると緊張と不安感が強まり緘黙、緘動状態になるあれ、久し振りに見たけどこれを何とか緩和する方法を考えなくては。
頭の中はフル回転してるのに身体がフリーズすると話す事も動く事も出来なくなる。これを何とかしなくては前には進めない。

けど慣れるには人前に出なきゃだしさ…難しい!難し過ぎてワシには分からん!とちょっとだけ思考停止中。

 

あと、ここからは私の本音。

最近色んなことが出来るようになり、正直教室の中に入れるでしょ、さすがにもう入れるでしょ?と勝手に思ってたし勝手に期待してた。

けど娘見てまだこの段階なのか、まだまだ厳しいな、手強いなおい!と言う現実を思い知らされた。

色々考えさせられる1日だったけどまぁまぁ、学校の教室前まで行けたからね。挑戦しようと思えた事が先ずは大きな一歩。

娘は娘で何か思う事があったらしく自分なりに目標を決めたようです。学校とは全く関係ないことだけど目標や希望があるのは良い事だ。

 

大丈夫、少しずつ前に進んでる。これからも進める。学校に拘らず色んな事に挑戦したらいい。今はその時間に使えばいい。

と無理矢理話纏めようとしてるのは疲れてきたからです!以上!終わり!!

嬉しい出来事のはなし。

金曜。週一放課後登校の日。

いつも部活が終わり生徒が下校したタイミングで登校する。

今週はテスト前週間なので部活がないと思い早めに登校した。いつものように職員室へ行き、担任いますか〜ってやってたら学年主任がやってきた。

元気?お、今日も制服じゃん。そう言えばこないだ部活で美術館行ったんだって?凄いじゃんと話しかけてくれた後まだ教室にいる担任を呼びに行ってくれた。

担任を待つ間今度は違う先生がやって来る。

この先生、たまにふらっと現れ「ちょっと来て」と親指をクイっとさせると娘や私の意思などお構いなしに理科室へ連行する。

そして理科室へ入るなり「見たいよね、見るよね、見て」と言いながら授業とは関係のない自作の実験を披露してくれると言うとてもユニークと言うか、変わり者の先生なんだけど。

今日は「見せたい自信作溜まってんだよね。今度見せてあげるよ。て言うか最近毎回制服着てんじゃん、フフ」と言いながら娘の制服の襟撫でてた。意味分かんねえし面白い。

「もう少し待ってて。もうすぐ『すみませぇぇぇ〜ん』言いながら◯先生走って来るから」と言ったと同時に荷物抱えた担任がすみませぇぇぇ〜ん言いながら走って来るのが見えた。

な、当たるだろ?言いながら理科の先生は職員室の中へ消えて行ったんだけどなんなんだ…あの独特な世界観。好き。

 

いつもこんな感じで学校の先生方が娘に声を掛けてくれる。ありがたい事だね。

 

で、担任が到着するなり興奮気味に「◯ちゃん!今クラスの子達が10人程残ってんだけど◯ちゃんに会いたい、会ってみたいって言ってるんだけどどお?!!!会える???」と言ってきた。

いつもは娘の調子見ながら色々な事を提案してくるんだけど、今日の担任は今このタイミング!頑張れ!と言う気持ちが込められた提案だと言うことがすぐ分かった。その提案に「あ、はい。大丈夫です」と答える娘。

 

小5位からもう同級生と至近距離で会ったことはない。学校行事で遠くからみんなの姿を見ることはあっても直接会う事を拒絶してきたし、拒否反応が出てた。それが会っても良いって自ら答えるなんてね。

その後クラスの子達と対面。少し距離を取りながらみんなの前に立つ娘は笑顔でどうも…と言っていた。

その時私はと言うと。

影に隠れみんなの様子見てたんだけど、同じ小学校の子達が何人かいて懐かしさのあまりみんなめっちゃ大人になったやん!!とついみんなの前に登場してしまった。

足が不自由な一年間娘を学校まで送迎してたしちょいちょい学校に顔出してたからね、子供達は私の顔を覚えてくれてる。子供達もお!◯の母さんやんけ!久し振り!!と声をかけてくれた。友達か!!と突っ込んだところでその場が和んだと言うか、みんなが娘に久し振りーとかはじめまして!と声をかけ始めてくれた。

そうこうしてる内に他のクラスの子達も通りかかる。あ、◯やん!久し振り!とか、ん?なに転校生?とか話しかけて来た。

離れたところから娘見てたんだけど正直最初はまた精神的におかしくなったらどうしよう…と内心ドキドキしてた。けど途中からもう心配する事はないなと思い始めたんだ。

娘の顔が作り笑いではなく本当の笑顔に見えたから。大丈夫か、大丈夫だな、そろそろ次のステップに行けるかなって。

娘が同級生に会えない理由に今更どんな顔して会えば良いの?みんな反応に困るじゃん?て言うのがあったんだけど、実際会ってみて数年前と変わりなく接してくれる同級生に安堵したんだと思う。

今日は良い経験になりました。みんな自分の事覚えてくれてて嬉しい、涙出そうだねと感想を述べておりました。

 

クラスで誕生日の子を祝うために給食前にハッピーバースデーを歌うらしいんだけど。娘の誕生日の日。◯いないけどどうする?歌う?歌うから先生動画撮ってよとクラスの子が先生にお願いしたんだって。後日みんなが歌う動画を見せてもらった。それ見た時泣いちゃってねえ、私が。

こうやってクラスの子達が娘の事を気にかけてくれるのは担任のおかげ。先生がいつもさりげなくクラスの子達に娘の存在をアピールしてくれるから。

娘がたまに言う。

「◯◯先生は命の恩人」

◯◯先生が担任じゃなかったら多分学校行けなかったと思う。きっとこのまま家にいて、そのうち大人になって、また死にたいとか言ってたと思う。だから命の恩人。だって。

そのくらい影響力のある魅力的な担任に巡り会えたのは奇跡なんだろね。