不登校娘(ASD)との日常

日常をたらたら書く

自分を好きになる。と言うはなし。

週一放課後登校の帰り道。幹線道路に合流しようと脇道からウインカーを出す。

夕方の混雑したこの時間帯はなかなか合流出来ない。

入れてくれよ!!みんな優しくないなぁと娘が助手席で言った。待て待て、こんな時は優しい心で入れてください!と言った方が入れてくれるのよ、と言った瞬間一台の車が減速し私の車を合流させてくれた。

な!優しさ大事!!

とキャッキャしながら毎週学校の帰りは車中で娘と色んな話をする。

やっぱ優しさは優しさで返ってくるんだねぇ、と言う話の流れで。

あれなんだっけ、人を好きになると自分も好きになるんだっけ?ん?逆か?自分を好きになると人も好きになるんだった?と娘が聞いてきた。

逆ですね、自分を好きになると人を好きになる。自分の事受け入れると周りの人達の事も受け入れやすくなるじゃん。自分の事好きじゃなきゃ『人間』になんて興味わかなくない?

 

娘は自分の事好き?

      好きだよ、今は。

 

即答だった。素晴らしい!!と私が拍手すると娘が照れ臭そうに笑う。

 

実はこのやり取り、娘が精神的に不安定な時に一度した事がある。もう死にたい、と言っていた時期。その時娘は言った。こんな自分好きじゃない。こんな私のどこを好きになれるの?

 

あれから何年か経つ。色んな事があって、少しずつ自信を取り戻して、今やっと娘は自分の事を受け入れた。

学校行ってないし勉強も全然だし、今めっちゃゲームやり過ぎなのも分かってるけど自分の事好き(笑)

だそうだ。

因みに母ちゃんはね〜自分の事めっちゃ好き!!って言ったらうん、知ってる、、って。良くご存知ですな。

 

自分の事めっちゃ好き!て言うとどんだけ自信あるんだよ、自分の事大好き人間かよ!と思われがちだけど。

せめて自分だけでも自分の事を好きでいよう、褒めてあげよう、と言う一種の暗示なのです。この歳になっても自分と言う人間に自信もないし、迷いもあるし、全然ダメだ…と思う日もあるけど、そんなダメな自分も自分だからね。ダメなところ受け入れて共存して生きた方が少しは生きるの楽かなという開き直り。

自分を好きになると生きるのが楽になる。と言う持論です。